執筆者:阿部 由羅(ゆら総合法律事務所・代表弁護士)
介護事業所では、自社で雇用する労働者だけではカバーしきれない業務を担当させるため、派遣社員(派遣労働者)を受け入れるケースがよくあります。
介護事業所が派遣社員を受け入れるに当たっては、注意すべきポイントがあります。派遣社員や派遣会社とのトラブルを避けるため、派遣社員の受け入れに関する基礎知識を備えておきましょう。
派遣社員(派遣労働者)に関する基礎知識
まずは、労働者派遣の仕組みに関する基礎知識を解説します。
派遣社員は派遣元に雇われている|給与・社会保険料も派遣元負担
派遣社員を雇用しているのは、派遣元(派遣会社)です。
派遣社員の給与は派遣元が支払い、社会保険料の会社負担分も派遣元が負担します。
派遣社員は派遣先の指揮命令下で働く
派遣社員が実際に働くのは、派遣先の事業場です。介護事業所は派遣先として、派遣会社から派遣社員を受け入れることになります。
派遣社員と派遣先の間に雇用関係はありません。しかし、派遣元と派遣先の間で締結した派遣契約に従い、派遣先は派遣社員に対して指揮命令権を行使することができます。
労働者派遣法が適用される
派遣元が雇っている労働者(派遣社員)を、派遣先の指揮命令下で働かせるという一連の仕組みは「労働者派遣」と呼ばれています。
労働者派遣には、労働者派遣法*1の規制が適用されます。
具体的には、派遣元において厚生労働大臣の許可を受ける必要があるほか、派遣社員の保護等に関して、派遣元および派遣先が講ずべき措置などが定められています。
介護事業所が派遣社員を受け入れる際の注意点
介護事業所が派遣社員を受け入れるに当たっては、特に以下の2点に注意しましょう。
(2)「派遣先指針」の遵守が求められる
派遣社員に適用されるルールの区別|派遣元・派遣先のどちらが適用されるのか
派遣社員に対しては、派遣元(派遣会社)と派遣先(介護事業所)のうち、どちらのルールが適用されるのかを整理しておく必要があります。
大まかに区別すると、現場における労働条件については派遣先のルールが適用されますが、それ以外の事項については派遣元のルールが適用されます。
下表を参考にして、派遣社員を受け入れる前に整理を完了しましょう。
対象事項 | 従うべきルール(派遣元or派遣先) |
---|---|
労働時間(休憩を含む) 安全・衛生 服務規律 など |
派遣先 |
退職(解雇、定年を含む) 懲戒処分 賃金(残業代を含む) など |
派遣元 |
「派遣先指針」の遵守が求められる
派遣社員を受け入れる介護事業所においては、「派遣先が講ずべき措置に関する指針」(派遣先指針)*2の遵守が求められます。
派遣先指針では、派遣先が講ずべき措置として以下の内容が定められています。
(b)労働者派遣契約に定める就業条件の確保(就業条件の周知徹底、就業場所の巡回、就業状況の報告、労働者派遣契約の内容の遵守に関する指導
(c)派遣労働者を特定することを目的とする行為の禁止
(d)性別による差別及び障害者であることを理由とする不当な差別的取扱いの禁止
(e)労働者派遣契約の定めに違反する事実を知った場合の是正措置等
(f)派遣労働者の雇用の安定を図るために必要な措置(契約締結に当たって講ずべき措置、契約解除の事前申入れ、派遣先における就業機会の確保、損害賠償等に係る適切な措置、契約解除の理由の明示)
(g)適切な苦情処理
(h)労働・社会保険の適用の促進
(i)適正な派遣就業の確保(適切な就業環境の維持・福利厚生等、派遣料金の額、教育訓練・能力開発、障害者である派遣労働者の適正な就業の確保)
(j)関係法令の関係者への周知
(k)派遣元事業主との労働時間等に係る連絡体制の確立
(l)派遣労働者に対する説明会等の実施
(m)派遣先責任者の適切な選任及び適切な業務の遂行
(n)労働者派遣の期間制限の適切な運用
(o)派遣可能期間の延長に係る意見聴取の適切かつ確実な実施(意見聴取に当たっての情報提供、十分な考慮期間の設定、異議への対処、誠実な実施)
(p)雇用調整により解雇した労働者が就いていたポストへの派遣労働者の受け入れ
(q)安全衛生に係る措置
(r)紹介予定派遣
介護事業所が派遣先指針に違反すると、派遣停止・勧告・公表処分などの対象になることがあります(労働者派遣法49条2項、49条の2)。
派遣先指針の内容を正しく理解した上で、現場における周知徹底を図りましょう。
派遣社員に関する介護事業所でのトラブル事例
介護事業所において発生し得る派遣社員のトラブル事例として、以下の2つを紹介します。
事例2|派遣会社と介護事業所の間のトラブル
派遣社員に対するハラスメント
介護事業所の正社員Aが、なかなか仕事を覚えない派遣社員Bに対し、他の従業員の面前において過激な言葉で叱責した。
BはAによるパワハラを主張し、Aと介護事業所を運営するC社に対して慰謝料の支払いを請求した。
派遣社員に対して、業務上必要な指導を相当な方法で行うことは問題ありません。
しかし、過度に強い言葉で叱責したり、他の従業員の面前で叱責したりすると、パワハラ(パワー・ハラスメント)に該当するおそれがあります。
派遣社員に対する指導を行う際には、冷静に言葉を選んで伝える、1対1で話をするなど、パワハラを指摘されないように注意を払いましょう。
派遣会社と介護事業所の間のトラブル
仕事のストレスが原因で、派遣社員Dが派遣先である介護事業所へ出勤してこなくなった。
派遣会社であるE社と介護事業所を運営するF社の間では、派遣契約において派遣社員が出勤しなくなった場合の処理を具体的に定めていなかったため、派遣料金の支払い等を巡ってトラブルが生じてしまった。
派遣会社と締結する派遣契約においては、派遣社員について想定される様々なトラブルにつき、対処法をできる限り具体的に定めることが大切です。
顧問弁護士などのアドバイスも受けながら、派遣契約の内容を慎重に検討しましょう。
まとめ
介護事業所が派遣社員を受け入れるに当たっては、派遣社員に対して適用されるルールの整理、派遣会社との連絡・調整、派遣先指針の遵守などに留意する必要があります。
これらの対応に不適切な部分があると、派遣社員や派遣会社との間でトラブルが発生したり、行政処分を受けたりするリスクがあるので要注意です。
派遣社員は、介護事業所における労働力のうち、かなりの割合を担っています。そのため介護事業所においては、自社において雇用する労働者と同じかそれ以上に、派遣社員を適切に管理することが重要です。
介護事業所を運営する事業者は、労働者派遣の仕組みやルールを正しく理解して、適切に派遣社員の管理等を行いましょう。
*1参考)e-gov法令検索「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=360AC0000000088
*2参考)厚生労働省「派遣先が講ずべき措置に関する指針」
参考)e-gov法令検索
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000760525.pdf
阿部 由羅
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。
注力分野はベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続など。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。
各種webメディアにおける法律関連記事の執筆・監修も多数手がけている。
https://abeyura.com/
https://twitter.com/abeyuralaw