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介護情報・コラム

エモーショナルレイバー(感情労働)とは?心を守るためにすべきこと

2024/02/14

エモーショナルレイバー(感情労働)とは?心を守るためにすべきこと

執筆者:三島 つむぎ


「エモーショナルレイバー」という言葉をご存じでしょうか。

日本語では「感情労働」と訳され、他人の感情に対応するために、自分自身の感情を制御する必要のある労働を指します。

筆者は、コールセンターのスタッフとしてこの概念に出会いましたが、介護業界ではたらく方々は、まさにエモーショナルレイバーに日々従事しているといえます。

本記事では、エモーショナルレイバーの概念を通じて、一人ひとりのスタッフの心を守るために何ができるか、考えていきたいと思います。



エモーショナルレイバーとは何か

まずは、エモーショナルレイバーの基本的な意味から、掘り下げていきましょう。


他人の感情や自分の感情を扱う必要のある仕事

エモーショナルレイバー(感情労働)の概念を最初に提唱したのは、米国の社会学者である、アーリー・ホックシールド(Hochschild, Arlie Russell)です。

1983年に出版された著書『The Managed Heart(邦題:管理される心)』にて、Emotional Labor」の語句が登場します。
*1


エモーショナルレイバー
Emotional Labor

感情労働


「肉体労働」や「頭脳労働」では、「肉体(筋力や体力)」や「頭脳(思考力や発想力)」を有効的にコントロールして労働の成果物を提供し、その対価として報酬を得ます。

一方、「感情労働」では、「感情」がその対象です。

エモーショナルレイバー図1

接客業や医療・福祉、教育などの分野を中心としつつ、あらゆる分野で感情労働は生じています。

以下は同書からの引用です。

しかし、私たちのほとんどは、他人の感情や自分の感情を扱う必要がある仕事をしている。
“親しみやすく頼りになる会社”と“新進気鋭の”上司をアピールする明るいオフィスを作る秘書、“楽しい食事の雰囲気”を作るウェイトレスやウェイター、歓迎されていると感じさせるツアーガイドやホテルの受付、懇切丁寧な心配りの表情でクライアントに気遣いを感じさせるソーシャルワーカー、 “話題の商品”であることを感じさせるセールスマン、恐怖心を煽る集金人、遺族に理解されていると感じさせる葬儀屋、擁護的な働きかけでありながら公平な温かさを感じさせる牧師など、すべての人が何らかの形で感情労働の要件に立ち向かわなければならない。

*2 ※日本語訳はDeepLによる


表層演技と深層演技

エモーショナルレイバーの理論では、勤務中の感情のコントロールは「演技」に例えられています。

たとえば、客室乗務員や、人気コーヒーチェーンのスタッフ、テーマパークのキャストをイメージすると、わかりやすいかもしれません。

その“役割”を演じて、表情や声色、言葉遣い、姿勢や仕草を変化させています。

介護職や他の職種でも、無意識かもしれませんが、「演技」をしているのです。

そして、エモーショナルレイバーにおける演技は「表層演技」と「深層演技」の2つに分けられます。


【表層演技と深層演技】
■ 表層演技
相手から見ることができる表面的な表情や声などを操作する演じ方 (「ふりをする」 イメージ)。 本心はどう感じていてもよい。
〔例〕笑顔を作る、丁寧なお辞儀をする、イライラを隠すなど

■ 深層演技
表面的な感情表現だけではなく、 自分の感情や感じ方そのものを仕事に合わせて調整し、変化させようと試みる演じ方。
〔例〕相手に本心から同情しようとする、気の持ちようを変えようとする、役割になり切ろうとするなど

*3


一般的には、表層演技のほうがストレスになりやすい演じ方とされています。

エモーショナルレイバー図2

エモーショナルレイバーへの対処法

冒頭でも触れたとおり、筆者はコールセンターの運営に携わる中で、エモーショナルレイバー(感情労働)の概念を知りました。

特有のストレスを生みかねない職場で、どのように対処していったのか、ご紹介したいと思います。


(1)感情労働であると自他ともに明確に認識する

まず最も重要だったことは、「感情労働」であることの明確な認識です。

認識のひとつは「自覚」です。エモーショナルレイバーを自覚することで、なぜ自分たちがストレスを感じているのかについて、説明がつきました。

理由がわからないとモヤモヤが続きますが、ひとたび理由がつくと、それだけで少し癒されるものです。

さらに、周囲に対しても、感情労働の概念を共有しました。感情労働は外部から見えにくいからこそ、周囲への周知徹底が重要です。


エモーショナルレイバー図3:みんな疲れているけど…感情労働のスタッフにはねぎらいが届きにくい

筆者の場合は、肉体労働や頭脳労働のチームとも、同じオフィスで働いていました。

肉体労働(出荷作業など)の場合、たいへんな量の出荷があった日は、
「今日は、重労働だったね」
とねぎらいの言葉が届きます。

頭脳労働であれば、「企画書を10枚も仕上げた」「プログラムを3本書き終えた」という具合に、成果物が明確です。

一方、感情労働は、どれだけ感情を使った日であっても、周囲から見えにくいのです。

ホックシールドが言語化してくれた「エモーショナルレイバー」という概念は、周囲へ理解を求める際に、とても役に立ちました。


(2)セルフケアを実践する

「自分は“感情”を使って、はたらいている」という自覚が生まれると、効果的なセルフケアを実践できるようになります。

肉体労働の人が体を休めたり、エネルギーを補給したりするのと同じように、感情労働の資本である「感情」をケアしようという発想になります。

この発想があると、業務中に感情をうまくコントロールできないシーンがあったとしても、必要以上に自分を責めることにはなりません。

肉体労働で「今日は体力が持たなかったな」と思うのと同じように、「今日は感情がもたなかったな」と認識し、必要なセルフケアを淡々と実践するだけです。


(3)感情労働のポジティブな面を知る

東京成徳大学准教授の関谷大輝氏は、自治体行政向けに書かれた原稿にて以下のとおり述べています。


【感情労働を多面的に理解する必要性】
感情労働がストレスになるからといって、仕事を続ける上で感情労働をやめてしまう(感情労働をせずに働く)ことは、事実上不可能である。
だからこそ、感情労働がもたらすストレスの背景や内容を理解しておくことが大切になるのだが、それと同時に、感情労働によるメリットやポジティブな側面に対しても、意識的に目を向けていくことも重要である。
さもなければ、感情労働はネガティブな影響ばかりを生むという一面的な議論に終始してしまう。実際に、世の中で感情労働が話題に上る時には、ネガティブな取り上げ方をされる場合が大半なので、注意が必要だ。

*4


これには筆者もまったく同感です。

『The Managed Heart』の原著を読むと、“感情労働”自体は、肉体労働や頭脳労働がそうであるように、良い・悪いという単純な観点では論じられていません。

ポジティブに感情労働を行っている例も、多数あるのです。

たとえば、他者との深いつながりを創り出す力や、利用者さんからの温かい感謝の言葉、真心を込めて仕事に向き合うことの充足感は、感情労働ならではといえます。


さいごに

本記事では「エモーショナルレイバー(感情労働)」をテーマにお届けしました。

最後にひとつ付け加えると、感情労働に携わっていたスタッフが離職するのは、「みんな敵」になったときだと思います。

お客さん(利用者さん)、取引先、上司、部下、同僚——、誰か1人でも、“(演技ではない)ほんとうの自分”を見てくれる人がいたなら、踏ん張れるものです。

筆者自身、理不尽な状況に追い込まれたとき、取引先の方が言ってくれた、
「見てくれているヤツは、絶対いるから」
という一言に救われた経験があります。

自分も誰かの「見てくれているヤツ」になれるように。支え合いながら、一緒に仕事をしていけたらと思います。



注釈

*1
出所)関谷 大輝「公務のストレス対策には、「感情労働」の視点も!」p.1
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654597.pdf

*2
出所)Hochschild, Arlie Russell. The Managed Heart (p.11). University of California Press. Kindle 版.
Hochschild, Arlie Russell. The Managed Heart (p.11). University of California Press. Kindle 版.

*3
出所)関谷 大輝「公務のストレス対策には、「感情労働」の視点も!」p.2
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654597.pdf

*4
出所)関谷 大輝「公務のストレス対策には、「感情労働」の視点も!」p.3
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654597.pdf

*注釈のない画像:筆者作成

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【執筆者】
三島 つむぎ
ベンチャー企業でマーケティングや組織づくりに従事。商品開発やブランド立ち上げなどの経験を活かしてライターとしても活動中。

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