「利用者さんの家族からの電話が長引いちゃって、まだ残業中……」
手元のスマートフォンが光って、メッセージを見ると、A子(アラサー女子、筆者の身内で介護職)からでした。
不合理な苦情や、過度なサービスを求める保護者や顧客を指す言葉として、「モンスターペアレント」「モンスターカスタマー」があります。
介護業界では、利用者さんの家族から理不尽な要求を受ける「モンスターファミリー問題」が大きくなっていますが、まさにA子が悩まされているところだったのです。
そんなふうに相談され、A子に話した内容を、整理してご紹介したいと思います。
モンスターファミリーとは?
最初に、モンスターファミリーとは何か、整理しておきましょう。
安易に決めつけるのはよくないが……
前提の注意点として、利用者さんの家族を「モンスター(クレーマー)」と決めつけることが、建設的な解決を阻むこともあります。
逆の立場になって考えてみれば、然るべき理由があって対話を試みているのに、「モンスターファミリー」とレッテルを貼られたら、信頼関係が壊れてしまいます。
あるいは、ホームにとって重要な指摘や改善点を見逃して、大きな損害を引き起こすことにもなりかねません。
しかしながら一方で、“本当に問題のある人々”も、存在している事実があります。これを認めることも、大切です。
コンタクトセンターにはノウハウが蓄積されている
筆者は、電話やメールで顧客対応するコンタクトセンターの管理に携わっていたことがあります。
コンタクトセンターには、ときに驚くほどの“ラスボス級モンスター”が出現します。
……なんて書き方をすると、「顧客をモンスター扱いするなんて!」とお叱りを受けるかもしれません。
しかしながら、実のところコンタクトセンターの現場は過酷で、メンタルヘルスの問題を抱えるスタッフも少なくないのです。
「職場内での少しのユーモアも許されなかったら、スタッフが潰れてしまう」
というのが、筆者の考えです。きっと、介護業界にも通じる部分があるのではないでしょうか。
コンタクトセンターには、顧客対応のノウハウが蓄積されています。その一端を、次章でご紹介します。
問題を大きくしない対応のポイント
コンタクトセンターでの経験をもとに、問題を大きくしない対応のポイントをまとめてみました。
- 傾聴と感情のコントロール
- チームワークによる負担の分散
(1)傾聴と感情のコントロール
1つめは「傾聴と感情のコントロール」です。
「傾聴」は顧客対応の基本スキルですが、難しい相手の話を傾聴するときに、とくに意識したいのは以下のポイントです。
1.話を遮らない
話をさえぎると、高確率で相手の不満が増大し、問題が大きくなります。途中で何かを言いたくなってもこらえて、相手が話し終えるまで待ちます。シンプルですが、重要かつ効果的な手法です。
2.再確認を細かくする
相手の要求や不満を整理し、再確認しながら状況を把握していきます。たとえば、「おっしゃることは、これで合っていますか?」と質問し、相手の言いたいことを確認することで、ミスコミュニケーションを防ぎます。
3.自分の感情を分離する
相手が感情にまかせて怒りや不満をぶつけているときに、すべてを真に受ける必要はありません。相手に寄り添って傾聴することは大切ですが、自分の感情を揺り動かすことは別です。クールな視点で、状況を客観的に見つめるよう、努めます。
(2)チームワークによる負担の分散
2つめは「チームワークによる負担の分散」です。
苦しいことを誰か一人で背負うと、メンタルヘルスに悪影響です。苦しみをチームで分け合える仕組みを作りましょう。
具体的には、以下のアイデアがあります。
1.ケーススタディ
チーム内で難しいケースを共有し、解決策をディスカッションします。朝礼など定期的なミーティングに組み込むのもよい方法です。
2.ローテーション
同じスタッフが連続して難しい相手の対応をしないよう、ローテーションを組みます。複数人で対応することで、客観性が生まれ、冷静に対処できる利点もあります。
3.途中介入
対応が長引いてスタッフの疲弊がひどいときや、相手が攻撃的でスタッフの心が傷つけられる可能性があるときには、上司やほかのスタッフが途中介入して交代します。または、いったん対応を終えるための助け船(緊急コールなど)を行います。
過酷な職場だからこそ自分のケアをする
もうひとつ、過酷な職場だからこそ、自分のケアをすることも忘れないでください。
自分の限界を認める
自分をケアするために、「休養の重要性」は誰もが知っていることですが、実践できるかどうかは別問題です。
“適切な休養を取れる人”になるためのファーストステップが、「自分の限界を認めること」です。
自分の心身に起こる体調不良や気分の低下を、無視せずに認めて受け入れると、限界を超える前にケアできるようになります。
自分の限界を認めることは、自分の弱さを受け入れ、完璧であることを求めない心のあり方にも通じます。
メンタルサポートを受ける
介護業界で働く方々ほど、メンタルサポートの積極的な利用が必要といえます。たとえば、カウンセリングや医療機関の受診などです。
筆者がコンタクトセンターに携わっていたとき、
「英国では、コンタクトセンターはストレスフルな職業だと認知されていて、メンタルヘルス対策の実践が進んでいる」*1
という話を聞き、自社でも取り組みを推進しました。
介護職も、いわゆる感情労働(感情コントロールが求められる職業)であり、そのうえ、利用者さんの命を預かる責任の重い仕事です。心を守る取り組みが求められます。
悩みやストレスからくる不調を感じたら、早い段階から専門家のサポートを検討しましょう。
※ 補足:組織としては、スタッフのサポート体制を仕組みとして構築することが重要です。
厚生労働省の「介護施設等の職員のためのサポートガイド」では、以下の内容が詳説されています。
- メンタルヘルスの不調・メンタルヘルスケア概要
- メンタルヘルスケアの進め方
- 4つのケアについて
- メンタルヘルスケアを推進するにあたっての留意事項
- 新型コロナウイルス感染症下でのメンタルヘルス対応
- メンタルヘルスに関する法律
- メンタルヘルスの対応事例
内容はこちらの「介護施設等の職員のためのサポートガイド」からご確認ください。
「みんな普通の人間で、私もあなたも平等」
最後に重要なことをお伝えしたいのですが、サービスを提供する側・される側、お金を払う側・受け取る側といった立場の違いで、人間の尊厳が変わることはありません。
当然のことですが、介護職として現場で汗を流すあなたの心も、大事に扱われるべき大切なものです。
いっときの立場や役割が異なっても、みんな普通の人間で、私もあなたも平等です。
犠牲になりすぎることなく、割り切れるところは割り切って、自分も含めたみんなが幸せになれる道を求めてほしいと思います。
さいごに
本記事では「モンスターファミリー」をテーマにお届けしました。
冒頭でご紹介したA子は、
「自分の限界を認める」
というところに心当たりがあったようで、何やら考え込んでいました。
ホーム長に抜擢されてから、残業時間や休日出勤が増え、ハードワークが続いていたようです。
そのようなときに理不尽な苦情対応が重なると、家に帰ってからも対応を考え続けてしまい、不眠になる日もあったといいます。
責任感の強さからくることですが、A子自身の心と体を大切にしてほしいと伝えました。
この記事をお読みくださっているあなたにも、同じことをお伝えしたいと思います。
三島つむぎ
ベンチャー企業でマーケティングや組織づくりに従事。商品開発やブランド立ち上げなどの経験を活かしてライターとしても活動中。
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